HEPA交換を「時間」から「状態」へ


HEPA交換を「時間」から「状態」へ

はじめに:「18ヶ月一律交換」は見直しの余地がある

「HEPAフィルターは18ヶ月ごとに交換する」

多くの製薬施設で、長年このルールが運用されています。

しかし、その根拠を確認すると、

  • 昔からそうしている
  • 前任者が決めた
  • メーカー推奨と聞いている

といった理由が多く、自施設の運用データに基づいた判断になっていないケースも少なくありません。

現場では、次のような状況が同時に起きていることがあります。

  • 圧力損失がまだ低く、性能・寿命に余裕のあるフィルターを「月数」だけで廃棄
  • 圧力損失が高く、送風負荷や風量低下リスクが出ているフィルターを「まだ18ヶ月未満だから」と使い続ける

前者はコストの無駄、後者はエネルギーコスト増加や品質リスクにつながり得ます。

本稿では、GMPに適合しつつ、コストと性能のバランスを取りやすいHEPAフィルター交換の考え方を、実装ステップとともに整理します。


結論(先に3行で)

  1. HEPAフィルターの交換判断は「18ヶ月」ではなく、圧力損失を基準に考える 多くの施設で、条件ベース運用により交換コストを20〜30%削減できる余地があります。
  2. まずは1〜2エリアで、3ヶ月程度の試行から始める ポータブル差圧計を使えば、初期投資10〜30万円程度から検証が可能です。
  3. SOP・Change Control・定期レビューまで文書化すれば、査察でも合理的に説明できます 「慣習」ではなく「データとリスクに基づく管理」は、GMPの考え方にも整合します。

HEPAフィルターの基礎:なぜ交換が必要なのか

HEPA(High Efficiency Particulate Air)フィルターは、微粒子を高効率で捕集し、クリーン環境を維持するための重要な要素です。交換が必要になる主な理由は次の3つです。

1. 目詰まり(圧力損失の増加)

粒子を捕集し続けることで圧力損失が増加します。制御方式(定風量/定圧/VAV)によって影響の出方は異なりますが、圧力損失の上昇は「余計な送風仕事」を発生させます。

2. 物理的損傷

フィルター媒体の破れ、フレーム変形、シール劣化など。時間経過よりも、取り扱いや過度な圧力損失が要因になることもあります。

3. 化学的劣化(条件付き)

腐食性ガス、高温高湿、薬剤暴露など。該当エリアでは時間基準より状態監視が重要です。


圧力損失とエネルギーコストの関係(考え方)

圧力損失が上昇すると、次のいずれか(または両方)が起こります。

  • 同一風量を維持するために送風エネルギーが増加
  • 風量が低下し、回復時間や清浄度・圧差管理に影響

※ 以下は「一定風量を維持する前提」での簡易試算例です。実際の影響は、ファン特性や制御方式により異なります。

試算例(前提条件付き)

  • 運転:24時間365日
  • 電力単価:20円/kWh
  • 初期ファン電力:22kW

圧力損失上昇により、平均ファン電力が30%増加(22 → 約29kW)した場合、

年間追加電力量は約58,000kWh、電気代で約116万円/年となります。

この規模になると、フィルター交換費用(1台10〜20万円+工事費等)と比較して、早めの交換が合理的になるケースが多くなります。


「18ヶ月一律交換」の主な課題

1. 環境条件の違いを反映できない

外気粉塵、前段フィルター性能、粉体工程の有無、循環比率などにより、フィルター寿命は大きく異なります。

2. コスト最適化の機会を逃す

まだ使えるフィルターの早期廃棄と、高圧力損失期間の放置が同時に起こり得ます。

3. リスク評価が形骸化しやすい

「18ヶ月なら安全」という前提に依存すると、早期劣化や突発的な損傷への対応が遅れがちになります。


推奨アプローチ:条件ベース交換(CBM)

基本コンセプト

時間ではなく「状態」で判断する。

代表的な交換トリガー(例)

  • 圧力損失が設定値に到達
  • 風量が設計値の一定割合を下回る
  • リーク試験(DOP/PAO)で不合格

基準値(例:220 / 250 / 280 Pa)は業界の目安にはなりますが、

最終的には自施設の設計風量、ファン余裕、品質重要度、エネルギーコストを踏まえて決定すべきです。


段階導入のすすめ(小さく始める)

フェーズ1:可視化(0〜2ヶ月)

  • 重要エリアや代表AHUを選定
  • ポータブル差圧計で月次測定
  • 初期値とトレンドを記録

フェーズ2:基準と運用の確立(1〜3ヶ月)

  • 重要度分類(クリティカル/重要/非クリティカル)
  • 分類ごとの交換基準案を設定
  • SOP作成、Change Control、教育

フェーズ3:必要箇所のみ自動化(3〜6ヶ月)

  • 監視が重要なポイントに常設差圧計
  • 半年〜年次で基準をレビューし精度向上

査察対応の考え方

条件ベース交換は、適切に文書化すれば査察対応が難しくなることはありません

重要なのは次の3点です。

  • リスク評価(ICH Q9に基づく整理)
  • データ(圧力損失トレンド、環境モニタリング結果)
  • 文書(SOP、Change Control、定期レビュー記録)

「慣習ではなく、データとリスクに基づいて管理している」ことは、合理的に説明できます。


まとめ:「月数」から「状態」へ

HEPAフィルター交換の最適化に、特別な技術は必要ありません。

必要なのは、

  • 測定する
  • 記録する
  • 基準を決める
  • 定期的に見直す

この4点だけです。

時間基準は管理しやすい一方で、最適化の余地を見逃しやすい。

状態基準に移行すれば、コストを抑えながら、性能と品質リスクをより確実に管理できます。


今日から始められる3つのアクション

  1. まず1系統で圧力損失を測定する
  2. 交換費用だけでなく、エネルギー影響も含めて比較する
  3. 重要エリアから条件ベース交換を試行し、文書化して定着させる

本稿が、各施設での見直しや議論のきっかけになれば幸いです。


著者について

ダリウシ ロスタミ | イーテック合同会社 代表

製薬・食品業界で35年のオペレーショナルエンジニアリング経験を持つ。

主な経験:

  • エンジニアリング部門のリーダーとして、新規施設立ち上げプロジェクトを統括
  • バリデーション(IQ/OQ/PQ)、コミッショニングの管理体制構築と技術サポート
  • Reliability Engineeringプログラムの導入と運用体制の確立
  • エネルギー最適化戦略の策定とクロスファンクショナルチームのマネジメント
  • GMP環境での変更管理・逸脱管理システムの構築

専門分野: エネルギー最適化、GMPコンプライアンス、バリデーション、Reliability Engineering、設備投資計画、工場レイアウト設計、プロセス改善、組織マネジメント

現在は東京を拠点に、製薬施設を中心とした包括的なエンジニアリングコンサルティングを提供。「技術と人をつなぐ」ことをモットーに、持続可能な改善と組織づくりを支援している。

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